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Tノートの利率からインフレ連動国債の利率を引いたものが期待インフレ率になるロジックを解説して下さい. (愛知県Nさん)
以前(4/25号)G17の世界株価指数で傾向まで「転換したわけではない」との分析がありましたが,昨今の株価の変動の影響ではどうなのでしょうか.株価上も「明確な転換点は見られない」のでしょうか (福岡県Nさん)
世界的にインフレ懸念が高まる中,日米欧の中央銀行による利上げの是非が問われていますが,そもそも理論上,現況のようなコストプッシュインフレ下における金融政策の効果は利子率の弾力性の観点から見て,ディマンドプルインフレにおける場合と同等と考えてよいのでしょうか (東京都Iさん)
6月の対中輸出の数量,金額,それぞれ前年比で何%の変化なのでしょうか.1〜6月の前年同期比では.是非知りたく思いましたので (猪年のじいさんさん)
デカップリング論争をどう思うか(Weekly Economics 2008年2月12日号),を大変に興味深く拝見しました(中略).ところで先般IMFだったか世銀だったかが,購買力平価を中国,インドともに40%も切り下げました.アジアのGDPの数字はこの新数字での7・9兆ドルなのでしょうか (猪年のじいさんさん)
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編集後記

総選挙が近づいているので,各党のマニフェストを比較して政策の是非を論じて欲しいなどと言う依頼がくる.しかし,私はまたこの「マニフェスト選挙」なるものが嫌いである.日本では,「数値目標を入れなければならない」などの勘違いに基づく形式主義が蔓延して,マニフェストが仔細になりすぎ,アメリカで言うアジェンダに近いものになっている.アジェンダとは,プラットフォーム(政策理念を述べたもので,英国におけるマニフェストに相当する)の下で,個別政策を論じるものだ.世界的にマニフェストの長文化・形骸化が選挙離れを誘っている中で,一部政治家の売名行為に使われた日本のマニフェスト・ブームは,いつもの時代遅れの幻想である.こんなにごちゃごちゃ書いてあれば,全文を真面目に読む選挙民がいるとは思えず,「若さがある」,「かっこいい」と言ったリーダーのイメージで投票する傾向が,諸外国同様にますます強まるだろう.イメージ選挙が正しいと言うつもりもないのだが,やはり政策には総体としての方向性があるのみであって,各論までを選挙で選択することには無理がある.多くの人は,この各論ではA党,この各論ではB党と股割きになっているのではないだろうか.また,政権を取ったら(野党が何と言おうが)責任もってマニフェストを片っ端から実行しますと言うのも「民主政治」ではなく,単なる「執行型官僚制(中国のような)」である.勝者が一方的にマニフェストを遂行するのではなく,海外のように,負けた党とも議論しながら(ねじれの中から)政策は作って行くべきである.日本がいつまで経っても,民主制の形式的模倣者なのはなぜであろうか.意味なき流行語を作るだけのメディアの責任大と言わざるを得まい.

御牧 [2008/10/21 15:22:29]


妻が地元の教育委員の仕事を引き受けたことから,拙宅では教育談義が以前より盛んになっている.しかし,それはむしろ大人しい部類で,実際には近所の寄り合いでも何でも,話が教育問題に及ばないケースは皆無と言って良いほど,老若男女,思想信条を問わず日本人はこの問題が好きである.エコノミストでも,日本経済のパフォーマンスに教育を絡めるのが好きな人は多く,「教育を何とかしないと日本に未来はない」という実に曖昧で,立案のしようもないような感傷論に行き着くケースが多い.しかし,結論から言うと,筆者は巷の教育談義が大嫌いである.初っぱなから引っ掛かるのが,ご老輩よ,あなた方が受けた教育はそんなに素晴らしかったのかという疑問だ.バブルを作り出した時の日本の指導者層は,中曽根をはじめとする戦前教育を受けた世代.その後の不良債権の処理失敗と右往左往の責任があるのは団塊の世代の上の方.今のだらっとした雰囲気は,我々から上の世代の責任だろう.「規律と詰め込み教育」を受けてきた我々以上の世代が,若い人たちを前に,そんなに胸を張れるほどの成果を上げたのかと自問する謙虚さがない.我々の受けた規律と詰め込み教育は,途上国のキャッチアップ向けとしては最適であり,50-60年代には見事な実績も上げたが,先進国になってからと言うもの,むしろ場違いになっているのではないかと思えるし,クリエイティビティという「我々世代には本当は良く分からないもの」を模索する過程で,一つのオプションとして「ゆとり教育」が出てきたことも忘れてはならない.ゆとり教育の成果が分かるのは,早くても2020年以降であるはずだが,それも見極めずに5-6年で潰してしまったのは何とも早計で,この国の早とちりな経済改革談義に通じるものがある.今日も,「礼儀をきちんと教えるようにしろ」,「若い人を1年程度自衛隊に入れて鍛錬するのはどうか」,「そればかりでは復古主義的だから,英語を小学生から学ばせよう」と言った行き当たりばったりの議論が聞こえてくる.嗚呼.

御牧 [2008/7/31 11:34:10]


5月17日のニューヨーク・タイムズ紙に,日本では工学系・技術系の学生数の減少によって製造業の技術者不足が深刻になっているという記事が掲載されていた.学生の理系離れは約20年前から始まっているため,日本人にとっては改めて驚く状況ではないにせよ,ようやく日本企業は深刻な危機として認識し始めたという内容である.日本を戦後の経済大国に押し上げたのは製造業の技術者の地道な努力であるにもかかわらず,豊かな時代に育った最近の若者は,親世代のような地味なサラリーマン生活は望まず,収入の高い金融や医療系,あるいはアート系への道を選択するなど,アメリカ的な思想になっていること,外国人技術者の雇用に前向きな企業も出てきているが,言葉の壁や閉鎖的な企業文化が,外国人受け入れの敷居を高くしていることなどが指摘されている.そして,少子化,技術者不足によって,将来の日本の競争力に対する不安が高まっているため,労働市場はいかに外国人技術者を受け入れていくかが重要な課題である,というような結論になっている.アメリカでも数十年以上前から優秀な頭脳は金融,医者,弁護士などの職業に流れるようになり,不足した技術者は移民で補われるようになった.現在,シリコンバレーのIT産業の技術者の約半数はH1という労働ビザを持つインド人,中国人,ロシア人などの外国人である.しかし,いくら人材が不足しても日本の労働市場がアメリカのように開放的になりえるのかと聞かれれば,それはかなり難しいように思える.また,20年以上もこれと言った対策が打ち出せずにいるのだから,日本人学生の理系離れを食い止めるのは容易ではないだろう.技術者という職業は元来勤勉で几帳面な日本人の性質に合っているように思えるのだが,地味だとか,大変な割に収入が低いなどという悪しき先入観だけがどうして先行するようになってしまったのか?日本の高い技術力を創り出している理系の技術者たちはもっと賞賛され,憧れられるべきである.

Cashew [2008/5/30 11:27:43]


高校生の息子が,北京と上海でのホームステイを終えて帰ってきた.持ち帰った土産話や写真は,日頃耳目に触れる中国の風景とは違う,一般家庭の生活風景である.意外な発見はいくつもあったが,そのうちの二つを紹介しておこう.一つは北京の空気.事前準備では高性能マスク,のど飴,アレルギー薬など,大気汚染に備えた品々を多数持たせたのだが,いずれも新品のまま持ち帰ってきた.空気は特に汚れておらず,一行は誰も使わなかったそうだ.確かに撮ってきた数日間の写真を見ても,空は真っ青で遠景も十分に見え,日本人が嫌と言うほど目にしている霞んだような画は一枚もない.むろん,汚染の酷かった時期や黄砂の舞う季節もあったのだろうが,選手が病気になることを例外なく心配させられている日本人としては,狐につままれたような話である.恐らく,特派員が最近のきれいな北京の写真を送ろうものなら,東京のデスクから(人々が期待している)汚い写真が欲しいと注文が付くのだろう.もう一つは,意外な省エネ方法.マンションの各フロアの外廊下の照明は,人間の足音を感知して点くようになっているそうだ.これは,北京でも上海でも同じで,後者はかなり古くて狭いマンションであるが,それでもこの装備がある.現在,地球の二酸化炭素の発生要因の20%は,照明によるものだ.東京に戻ってきた息子は,夜の街が中国に比べて異様に明るいことにびっくりしたと言うが,私もそう思う.東京のビル街は世界のどの首都よりも明るく,煌々と照らされている.日本が環境先進国だと思っているのは,案外日本人だけであるという話は良く聞くが,好成績なのは家計部門(特に冬の部分暖房)のおかげであり,企業部門は世界平均並だそうだ.中国は汚くて,遅れているといい気になっていると,いつか裸の王様になってしまうのではないだろうか.

御牧 [2008/4/7 17:03:40]


アメリカ大統領選挙の予備選において,民主党の両候補は医療保険制度改革を最優先課題の一つに掲げている.アメリカは病気や怪我の治療費が世界一高い国である.地域や病院によって費用は大きく異なるようだが,カリフォルニアの一例では,盲腸の手術で2日入院すれば大体1.8万ドル(約193万円),心臓発作の手術は平均2万ドル(約214万円)などと言われている.一般にアメリカ国民は民間の保険会社と契約し,プレミアムと呼ばれる毎月の保険料を支払っている.そして治療費が発生した場合,保険会社がそれぞれの加入プランに応じてその費用の一部をカバーするのである.加入プランは地域や年齢,カバレッジの内容などによって様々な種類があり,当然それに対するプレミアムは金額が異なる.企業で働く人や公務員については,勤務先が特定の保険会社と契約し,福利厚生の一環として従業員とその家族に対するプレミアムの一部を負担するので大きな問題はない.しかし,自営業者,失業者,退職者,パートタイマー,勤務先が保険を負担しない低賃金労働者などについては,日本の国民健康保険に該当するような政府が補助する制度がないため,保険に入れず,万一のことがあれば上のような医療費を全額自腹で支払う事態に追い込まれるのである.保険会社は加入者の収入を考慮しない.従って保険に入るには,金持ちも,低所得者も同じ金額を支払うことが要求される.個人で契約する場合のプレミアムはかなり高額で,年齢につれて急激に上がっていくだけでなく,保険会社の裁量で物価上昇を大幅に上回って毎年引き上げられている.また,持病を抱える場合,加入が認められない例もある.利益第一主義の保険会社の経営に関しては様々な問題点が指摘されている.政治が国民のためのものであるならば早急な改革が必要であることは間違いない. 昨年公開されたマイケル・ムーアの「Sicko」というドキュメンタリーは,やや客観性を欠く面があるものの,アメリカの医療保険制度の抱える問題を面白可笑しく描いている.

Cashew [2008/2/22 05:18:36]



日本人は耳が悪い,と外国人に言われることがある.むろん物理的な聴力のことではなく,脳におけるその処理のことだ.少し言い換えて,日本人は特別に固定観念が強い,と言うのが私の解釈である.カナダにNewfoundlandという島がある.この島名の発音は変則的で,【ヌー・ファン・ランド】と読まなければならない(ヌーにアクセント).語尾のdははっきり言わないので,北米人の普通の会話ではヌーファンランと,まるで中国人の名前のように聞こえる.そのリズムは,FFレートの英語通称Fed Funds Rate【フェッファンレイト】に似ている(フェにアクセント).ある時,大西洋航路の機内で,通り掛かったアテンデントが眼下に見えるこの島を「あれがヌーファンランですよ」と教えてくれた.隣の日本人グループの人たちが「ニューファウンドランドだ」と言い換えている.それはまあ仕方ない.ところがこの人たちとアテンデントの会話が凄い.アテンデントは何度もヌーファンランと言っているのに,それを聞いても自分の発音の間違いを修正せず,アテンデントに対して【ニュー・ファウンド・ランド】の人口はどれくらいか,などと聞き続けるのである.ある程度は英会話が出来る人たちで,発音はそれほど悪くないのだが,心の耳が閉じているのだ.同様の経験は,別の機上でもした.ニューヨークの三大空港の一つ,Newark空港は,ニューアークではなくNe-warkと切って【ヌワク】と発音される(ヌにアクセント).しかしヌワクと繰り返すアテンデントの前で,平然とニューアークと言い続ける日本人は少なくない.よく見れば(よく見なくても)New Arkではないのである.一度そう思ったら,もう修正できない固定観念.あるいは,自分の目や耳よりも,本やテレビを信じるという主体性のなさが,こんなところにも表れていやしないだろうか.日本人が一般に外国語会話を得意としないのは,こうした性質によるものであろう.そうなると,最初に言葉を伝える人の責任は重い.ところがこれだけ日米交流が容易で盛んになったにもかかわらず,近年入って来た単語もひどい発音で紹介されている.泡風呂のJacuzziは【ジャクージ】(クーにアクセント)だが,日本ではジャグジーと言わないと通じない.全粒粉grahamのhはサイレントだから【グレアム】と発音されるが,日本ではグラハム・ブレッドなど書かれている.Blog【ブロッグ】はブログになり,3文字だとどうしても最後に母音uを入れないと発音しにくいため,原語から遠ざかってしまった.こうなると,カエルをフログ,コーンフレークをケログとしなかった先人には感謝するほかない.実際のところ,明治の方がよほど原語に近い取り入れ方をしている.つまり,聞こえたとおりにカナにしている.Hepburn式のローマ字を「ヘボン式」と読んだのは正解.オードリーもヘボンで良かったのにと思う.

御牧 [2008/1/28 13:30:50]


本日付の日本経済新聞第1面に「今年の債券売買高,初の1京円突破」という記事が出ていた.ご存知の通り,億の1万倍が兆,兆の1万倍が京である.実は「債券売買高,1京円突破へ」という「予測」が話題になったことがある.今から20年も前のことだ.当時,円高不況に対処するため,日銀は大幅な金融緩和政策を実施.銀行は鼻息荒く貸出を急増させ,債券市場は未曾有の活況に沸いていた.その頃,筆者の上司格だった人物が上の「予測」を出し,部長などは彼の名前である「○一」をもじって「京一君,京一君」と茶化していたものだ.正に古き良き時代である.しかし,この金融バブルこそがその後,日本の経済と株式市場を延々と苦しめる根本原因となった.ところで,某株式専門紙では,今月中旬に某ストラテジストの,今月下旬には某チャーチストの来年の相場見通しを掲載している.そのいずれもがTOPIXで2000ポイント,日経平均なら2万円を高値めどとするものだ.しかし,この二人は本年の高値予想も同じ水準だった.一方,ある経済週刊誌は直近号で「2008世界恐慌」なる特集を組んでいる.ちなみに,同誌は2002年9月に「しのびよる世界恐慌」なる特集を組んだ.もう一つ付け加えれば,本年7月には「上昇!日本株−株価2万円,これだけの根拠」なる特集もあった.「これだけ」とはどれだけか知らないが,世の中にはハイテンションな人が多いものだ.筆者は血圧も低いがテンションも低い.

閑古鳥 [2007/12/30 17:39:32]


アメリカでは11月の第4木曜日はThanksgiving Day(感謝祭)で,クリスマスと同じように家族や友人で祝う大事な祝日である.そして翌日の金曜日も学校や仕事は休みになるため,4連休となる.感謝祭の翌日の金曜日は”Black Friday”と呼ばれ,小売店が一斉にセールを開始して,クリスマス商戦が幕を開ける.各店は目玉特価商品を準備し,早い店はなんと朝の5時に開店して,早起き特価セールとでもいうのか,客を呼込み始めるのである.この日がなぜ”Black Friday”と呼ばれるか,最近の通説は,アメリカの大抵の小売業店は1月から11月の感謝祭までの売上は赤字だが,この金曜日を皮切りにクリスマス商戦の売上で一気に黒字転換するから,というものである.しかし念のため調べてみたところ,本来の起源は,この日は買い物客による交通渋滞,店は大混雑で狂乱状態になるため,1929年の株価暴落(Back Tuesday)やその他の”Black Day”になぞってそう呼ばれるようになったということだった.いずれにせよ,この時期にアメリカ人の財布の紐が一気に緩んで消費が大きく動くのは間違いない.今年はサブプライム問題やそれに端を発する不安定な株価,住宅価格の落ち込み,ガソリンの値上がりなどで,消費の減速が懸念されている.そういえば,しばらく前に,アメリカ人で起業家の友人にどうして米国の貯蓄率は低いと思うか?と質問してみた.「アメリカ人は常に将来に明るい見通しを持っているから.…将来の収入は現在より必ず増えて,先の暮らしは現在より良くなると考える楽観的で前向きな国民だから」という面白い答えだった.比較的若い頃から,老後のことを心配したり,年金に不安を抱いて貯蓄に励む日本人とはまさに対照的である.単純で楽観的な国民性がアメリカ経済の原動力となっているのは間違いないと思う.そうすると,将来的に自分の家の価格や株価は再び上昇し,石油価格も落ち着いて,収入も増えるというと考えるのがアメリカ的思考なのだから,そのために消費が大きく落ち込むと悲観する必要はないようにも思えるのだが….

加州 [2007/11/26 12:46:18]


日本のリベラリズム(平和主義,人権主義)が退潮し,国会においても,世論においても明確な極を失ったのは,一義的には小選挙区制の導入によって自民・民主のそれぞれに肩身狭く「間借り」する状態になったからであるが,同時に,時代の変化に合わせて「自己表現」を工夫していく努力を怠ったからでもある.たとえば「教え子を戦場に送るな」と言う表現.これは,先の大戦の状況を知る者,学んだ者にとっては不朽のメッセージであろうが,戦争のやり方が変わってしまった現在においては,説得力がなさ過ぎる.アメリカの戦争のやり方を見れば良い.戦争に行くのは強制ではなく,低所得層の志願によるものである.平均的人間には,悲しいかな他人事だ.世論がうるさいので,肉薄した危険な戦闘は一切しない.敵の手の届かない遠距離から,人工衛星と電子兵器で目標をしとめる.重要な攻撃には無人戦闘機(ドローン)が,想像を絶する頻度で使われている.塹壕の中でのたうち回って死んでいったノモンハンとはまったく違った,ゲーム画面のような風景になっているのだ.今や先進国の行う戦争において,悲惨なのは戦場に赴く教え子ではなく,敵の無垢の市民である.それ故に,教え子が死ぬとすれば,敵の軍隊のせいではなく,復讐テロのせいである.こうした加害と被害の構図は,それが「非人道的」であるというところから,正攻法で国民の良心に訴えるべきものであり,アナタモ赤紙一枚デ帰ラヌ人ニナルと言っても,若い人には自分に無縁のアナクロニズムにしか写らない.訴求のために持ち出すべきは,イタリアで放映されたファルージャの残忍な殺戮の実写フィルム,あるいは『シリアナ(2005,米)』のような映画であり,くたびれた昭和18年の白黒フィルムではない.家訓の9条を守る意味は,今や正義の名の下の加害者にならないためなのだ.国家によるプライバシーや人権侵害も同じで,テクノロジーの進歩をきちんと織り込んだウォシャウスキー兄弟の映画(『マトリックス(1999,米)』,『V・フォー・ヴェンデッタ(2005,英)』)などの方が,近未来の不気味な管理社会をよほど警告的に描いている.ともかくアップデート(更新)なくしては,リベラリズムは老い朽ち果てるだけである.それは,戦災で祖父母をはじめ一族の多くを失った私には,非常に残念なことである.

御牧 [2007/11/21 00:09:35]


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